|
カテゴリ
全体 はじめに 草花たち 虫たち 鳥たち 魚たち 爬虫類・両生類たち 哺乳動物たち 人間たち 花と虫たち 散歩道 私 樹木たち 釣り 家族 自然 展覧会 よろみ村 食 日本のこと 未分類 仕事 暮し いきものたち 最新の記事
以前の記事
2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 10月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 メモ帳
フォロー中のブログ
検索
その他のジャンル
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
![]() 我が与呂見(よろみ)村はお寺を中心に5世帯が暮らす小さな集落である。 日本海を望む能登外浦に輪島市があり、市街地からおよそ20キロ離れた雑木山の中に忽然と村はある。 夕方、村へ登っていく道を歩いていると、和尚さんが植えた紫陽花が目に入った。 梅雨は終わったというのに、その青色はまだ瑞々しさを保っていた。 しかし、私の目を強く引いたのは紫陽花ではなく、その近くにひっそりと咲いている一群の山紫陽花であった。 ![]() 山紫陽花の存在は以前より知ってはいたが、 私がこの花の美しさに初めて出会ったのはここ与呂見ではない。 福井宮崎村に住む友人つーさん、おみつさんの自宅であった。 関西方面で展覧会があった時など、帰りには必ず彼らのところに寄って休憩させてもらうのである。そんなある時、居間の正面、つーさんが近くの山から採って来て見事に生けてあったのが山紫陽花だった。 彼は私が訪問する時、いつも私の作った花器に花を生けて迎えてくれるのであるが、その清楚な美しさは今も鮮烈に憶えている。 山紫陽花(ヤマアジサイ)と書いたが、萼紫陽花(ガクアジサイ)なのかも知れない。 萼紫陽花は海辺に咲き、山紫陽花は内陸型というので勝手に山紫陽花だと思っている。与呂見は山であるが半島である。どの方向を向いても海は近くにあり、海からの風も吹いてくる。両者の違いがよく分からないのである。 ともあれ、この花は私にとって特別である。 園芸種である紫陽花の存在感に比べればもう情けないほど貧弱なのだが、よく見るととても濃密な世界を内抱している。 ![]() 一見花に見えるのは実は萼(中性花)であり、内側の小さなつぶつぶが花(両性花)なのである。 そしてこの小さな丸い粒ひとつひとつが弾けるように花を咲かせ、めしべやおしべを展開している。 ![]() それはもう小さな花たちが押し合いへし合いの祭りのような賑やかさであり、 また一方で 私に沢山の星々や小宇宙を抱えた銀河をも連想させるのである。 ![]() (これは花開く前の姿である。) #
by gorosuke85
| 2011-07-14 14:15
| 草花たち
|
Comments(6)
![]() 飯を食べたら眠くなる。 当たり前の話だが、私の場合それが顕著だ。 だから一日二食にしている。三食だと三回も眠くなり、もうゴロゴロと昼寝しているうちに一日が終わってしまう。 仕事に追われている時などは一食である。少し腹が減っているくらいが調子がいい。 今夜も晩飯後、少し眠り、目が覚めると11時を過ぎていた。さて、もう一度、本格的に寝直しをしようか、しかし、すぐに眠れそうもないし、かといって仕事をするほどシャンとはしていない。 机の前でボンヤリしていると、ガシャン!!という衝撃音。 それは紛れもなく大型甲虫が網戸にぶつかった音であった。 窓の網戸を見やると、やはりなにか向こう側に貼り付いている。 ミヤマクワガタの♂だった。 体調7センチ弱、でかいやつだった。 ![]() ![]() いやあ、久しぶり。一年ぶりである。 毎年、7月に入るとこいつがやって来る。 でも今回は丁度ブログを始めたばかり。 おれのことを書いてくれと言わんばかりである。 ブログは焦らずのんびりと長く続けよう、なんて考えていたのだが 昨日のシジュウカラといい、今日のミヤマ君といい、おれを書け、おれを書けとなんか忙しい。 でもまあ、そんなに言うのなら書いてやろうか。 ![]() ミヤマクワガタは名前の通り山奥に暮らすクワガタである。 里山に住むノコギリクワガタと違い、とても気候に敏感で、暑さと乾燥にとても弱い。 涼しくて湿気の多い雑木林でないと生きられない。 近年、地球温暖化によってミヤマクワガタが激減していると言う。でもこれは致し方のないことだ。 地球温暖化は人間の排出する二酸化炭素が原因ではなく、地球の大きな気候変動のサイクルなのだから。そう考える方が自然だし、理にかなっている。 地球は過去に何度も温暖化を経験しているし、また氷河期も経験している。それを繰り返して来た。現代の温暖化もその一連のサイクルに他ならない。氷河の後退にしても人間たちが二酸化炭素を大量に排出し始める第二次大戦後のずっと以前からすでに始まっているのだ。 原因は太陽であり、太陽の活動が活発になれば、地球の温度も上がる。当たり前の話だ。 原発を推進したい人たちは温暖化の原因を二酸化炭素にすれば、とても都合のいい話なのだろうが、そうは問屋が卸さない。 都会のヒートアイランド現象に乗っかるように、温暖化がヒステリックに叫ばれているが、人の住まない地域、地球全体から見ればどれほど温度が上がっているのか、実はそう大した上昇ではないと言う調査報告も多い。 ともあれ、ミヤマ君は暑さに弱いやつなんである。 そいつが我が暮らしの周辺で暮らしている。 我が家は近くの村の離農して誰も住んでいない農家をもらって、この雑木山に移築した。 25年前の話である。 安普請で、あちこち隙間だらけのポンコツではあるが、唯一自慢出来るのは夏に涼しいことである。エアコンも要らないし、扇風機を回すのも暑い日の昼だけである。 周囲には田んぼがあり、雑木の森は湿気を多く含んで瑞々しい。その湿気が天然のクーラーになっているのである。 ミヤマ君はヒグラシとともに夏を知らせてくれる使者である。 ヒグラシで夏の始まりを知り、ミヤマ君で本格的な夏の到来を知る。 それと同時に、デリケートなミヤマ君が暮らしていける環境が少なくともまだここにはあるのだということも教えてくれるのである。 しかし、ミヤマ君はやはりカッコイイ。 物々しい鎧を身にまとった戦士のようであり、なにか、我が心をくすぐるものが確かにある。 ![]() どうしてこんな形が出来上がったのか? 彼の進化の歴史は数億年であり、我々人間よりはるかに先輩である。 その気の遠くなるような遥かな時の流れを想ってみた。 ![]() #
by gorosuke85
| 2011-07-13 10:13
| 虫たち
|
Comments(0)
![]() 夜明けというのは面白い。 夜が終わり朝が始まる瞬間がいつなのか目を凝らして暗闇を見つめていてもここだ、とはっきり言うことができない。いつも気がついて朝になる。 例えば鳥たちが一斉に鳴き始めると木々の葉っぱも一斉に背伸びし、世界が一斉に目覚めるように思われる。 少なくとも時計に区切られた時間がやって来て朝になるのではない。 そう思う。 今朝も鳥たちが一斉に鳴き始めた。 耳を澄ませると鳴いているのはシジュウカラ、ウグイス、カッコウ、イカルたちであったが、その中で一際大きく鮮明に鳴いているのはシジュウカラだった。 ツーピー、ツツピー!!ツツピー、ツーピー!!とうるさいくらいであった。 随分近くで鳴いているに違いなかった。 それもしつこいくらいに長い間鳴いている。 普通、小鳥は移動するのであって、すぐにいなくなるものである。 それがこいつときたら周囲が明るくなってきてもまだ鳴いている。 気になるので窓に近づいてそいつを捜してみるとすぐに見つかった。 窓から5メートルの距離、コナラの枝に止まって鳴いている。 目が合っても逃げようとしない。 それどころか、私を見つめ話しかけるように、いや、訴えるように鳴くのである。 私がツーピー、ツツピーと口まねしてなくと、やつも呼応する。 何を言いたいのだろうと思うが、分からない。 少し枝を移動したかと思うと、またもとの枝に戻ってまた鳴くのである。 折角だから写真を撮ってやろうとカメラを持って来て構えると 流石に驚いたようで逃げるのであるが、暫くするとまた元の枝に戻って来る。 それで写真を撮ることができた。 ![]() そうして30分ほどやつと付き合ったか。 しかし、もうええ加減にせい、とその場を離れると、 そのうち彼の姿も鳴き声も消えたのであった。 そして昼過ぎにもやって来てまた暫く鳴いていた。 同じやつである。 ところでこの日、コツコツと小さく響くような音が何度か聞こえて来た。 で、思い当たった。 やつは我が家の何処かに巣を作りたいのだと。 我が家の外壁は板である。 しかも安普請なので節だらけの板である。ところどころ節が抜けて穴になっている。 外壁と内壁の間は小鳥の巣には丁度いい隙間がある。 ところが、出入りするのに節穴は少し小さかったのだろう。 嘴で削って丁度いい大きさにしようとしたのではないか。 私に訴えるように鳴いたのは、 我が家に巣を作らせて欲しいと懇願したのではない。 やつにはプライドがあり、あくまでも私とは対等である。 作ろうとしている巣の位置が見つからないよう牽制したのか、或は必死の威嚇だったのだろう。 とすれば、作ろうとしている巣の位置は窓の近くである。 ふむ、そうに違いない。 なんて思うのであるが、本当のところは分からない。 窓の近くに巣を作り、子育てするようなら応援してやるのになあ。 ![]() #
by gorosuke85
| 2011-07-11 01:41
| 鳥たち
|
Comments(2)
![]() リン、リン、リン、リン・・・・ 突然、薄闇の雑木林の向こうでヒグラシが鳴きはじめたのは6日の夕方だった。 一匹だった。 それが3日後の今日の夕方は山を揺らすほどの鳴き声である。 一匹が鳴き始めると、それを合図に皆が後を追いかけるように一斉に鳴き始める。 暫くすると、一斉に鳴き止み、暫し沈黙。 そして、何処かの一匹がまた鳴き始めるとまたそれを追いかけるようにみんなが鳴き始める。 面白いのはタクトを振る一匹が同じではないこと。 要するにリーダーなんていないのだ。 敢えて言うと、皆一匹一匹がリーダーであると言うこと。 ![]() あちらのグループ、こちらのグループでそう言った鳴き方をし、 それらが重なり輪唱となり、その大合唱はもう山を揺らすほどなんである。 文学的にはカナ、カナ、カナ、というが、どう聞いてもそんなに悠長な鳴き方ではない。 腹を波打たせ、全精力を傾けてリン、リン、リン、リンと鳴くのである。 勿論、♂が♀を呼んでいるのである。 果たして私は全存在をかけて女性を求めたことがあるだろうか? うっひゃ〜〜。 その大合唱の不思議なのは、山を揺らすほどであっても決してうるさくないことだ。 かえって静けさが深まっていくようである。 それは清流のせせらぎに似ている。 夏が来たからヒグラシが鳴くのではない。 ヒグラシの声を聞いて、忽然と夏が来るのである。 ![]() (写真は数年前に撮ったもの) #
by gorosuke85
| 2011-07-09 20:02
| 虫たち
|
Comments(6)
![]() 私は落ち込んだり、理由なく鬱のような状態になることが多いが、そんな時は散歩をすることにしている。 奥能登の山里に暮らしているから散歩道は村への道であったり、雑木山の中の小道であったりする。 道を歩いていると、いろんなものたちと出会う。 例えば道ばたの小さな花、普段気にも留めないありふれた名前も知らない花だが こちらの精神が弱くなっている時、それらはとても不思議で美しいものとして目に飛び込んで来たりする。 そればかりかそのことが契機となり見慣れた風景も全く違った風景に見えたりもするのである。 名もない小さな花をよく見ると、かれらは人に見られることなどつゆにも思っていなくて、ただ持てる渾身の力で空に向かって自らを咲かせている。 その姿をまじまじと見つめていると、落ち込んでこわばっている我が精神がほろほろとほぐされていくような、緩やかな安堵を感じるのである。 その時、私とこの小さな花は確かに会話をしたのだと思う。 人間の言葉を持ってではない。存在の響き合いというコミュニケーションである。 さらに考えてみる。 この大宇宙にあって、この小さな花が目の前で生きて咲いている。宇宙にどのくらいの物質があるか知らないが、その物質が150億年の宇宙の歴史の中で転変を遂げ、今こうして地球上の生物となって、ここという場所に存在し、美しい花を咲かせている。しかも、この瞬間は一度だけなのだ。 そう思うと、この花が今ここに花を咲かせているということ自体、宇宙的大事件なのであって、奇跡なのだと感得できるのだ。そしてこの名もない草花がとても親しく愛おしいものに感じられるのである。 そしてこのことは、それだけでは終わらない。 この草花の存在の不思議さと美しさに感動するということは 実は、同時に、草花に立ち会っているこちら、つまり私自身も地球上、今、人間としてここに、こうして確かに存在しているのだということ、そしてそのことは草花と同じく宇宙の大事件であり奇跡なんだということをリアルに感得出来るのである。 つまり、一つの草花に出会うということは同時に自分自身とも出会うということに他ならない。 そうしてそうした草花との出会いは私に確かな力を与えてくれるのであり、お陰でなんとか落ち込みや鬱状況から脱する契機となることが多かった。それらは私にとって最大の励ましであり、新たな力の元となった。 私の仕事はものを作ることである。 今のところ表現方法は木版画と焼き物であり、それがこの25年間の生業であった。 なんとかこの仕事が続けて来られたのも言ってみれば暮らしの周辺で出会う小さなものたちとの出会いのお陰であるし、勢い、それらが作品のテーマの中心となって来た。 特別なものや特別な風景をテーマにしようと思ったことはない。 想いが向くのはいつも普通の見慣れたありきたりのものたち。 アリンコだっていいし、その辺りに生えている草花でもいい。 しかし、私が作る限り、そのアリンコ一匹、草花一本が実は宇宙の中心なのだというくらいにドラマチックに作りたいし、それが面白いと思っている。 なんだか長くなっちまった。 ここまで読んでくれた人、ありがとうです。 もうちょっと。 ともあれ、私の身の回りの個性的で美しいものたち、それらをよく見、感じ、知ることは仕事だと思っている。 作ることを仕事にしている限り、虫や花たち、空や星たちと話ができないとイケナイと思っている。 しかし、元来怠け者である私はそのことをつい忘れてしまうし、いろんなものたちとの出会いも感動もすぐに忘れてしまう。 ブログを作ろうと思ったのは 怠け者の自分を叱咤激励する意味と、いろんなものたちの存在の不思議さと美しさを皆と共有し、そのことでお互いの人生をより愉快で意義深いものにしたいと願うからです。 もうひとつ。 3月11日の原発事故で世界は変わりました。 我々人類の愚かさに失望もしました。 しかし、失望ばかりもしておれません。 私はまだ生きていますし、生きているものたちは沢山います。 なにはともあれ それぞれが今、生きて在ること、そのことが希望なんだと思います。 「生きて在ること」を改めて見つめ直そうと思います。 ここから新たな希望というものが作っていけたら、 と願うのです。 言ってみれば、このブログは私なりの原発反対運動なのです。 最後に私の若者たちへ伝えたいメッセージ。 『おまえという生命体がこの地球に存在すること。 人間として、ひとつの個性として生きているということ。 それは宇宙の大事件であり、奇跡なのだ。』 ○プロフィール 本名 江崎 満 ネックネーム ゴロスケ 1952年広島県江田島生まれ。 小学校から高校卒業まで山口県宇部市にて育つ。 その後、京都、横浜暮らしを経て 34才の時、石川県奥能登の山中に移住。 仕事は作ること。(木版画、焼き物) 釣り師でもあります。 まあ、勝手放題、我が儘に生きてきました。 モットーは「嫌なことはしない。」「頑張らない。」 です。 拙著 木版画カルタ絵本『よろみ村いろはにほへと』架空社 画文集『星吐く羅漢』港の人社 絵本『たったひとつの』あすなろ書房 #
by gorosuke85
| 2011-07-09 19:00
| はじめに
|
Comments(2)
|
ファン申請 |
||