思いの外、時間がかかっちまったが「タンポポ」が仕上がった。
タンポポには多少なりの思い入れがある。
38年前、奥能登与呂見の地に移住したのはタンポポが咲き乱れる春だった。
この地で出会ったタンポポが日本のタンポポであることに気がついたのはしばらく経ってからだった。
西洋タンポポとの見分け方は簡単で、日本のものは萼がそっくり返っていないことだが、
どことなく野生的で存在感も違っていた。
もともと好きな野花だが、そのことがわかってからはますます好きになり、
近くに西洋タンポポが咲いているのを目にすると、
悪いが引き抜いたりしてひとり密かな保護活動もしてきた。
そうこうするうち、3人目の子が生まれた。
初めての女の子だった。名前はすんなり「たんぽぽ」に決まった。
彼女が幼い頃、よく「たんぽぽはお日様の子供です」という歌を唄ってあやしていた。
彫りながら、その頃を思い出していた。
その女の子は今や30歳も過ぎて一端の大人の女になって元気にやっている。
試行錯誤しながらなんとか彫りあがった。
彫り上がるとすぐに刷って乾かす。