与呂見もすっかり雪が解けた。
ばあさん(母)は97歳になり、いくら頑健とはいえ流石に山の上り下りは無理だろうと思っていた。
しかし、2月の転落事件以来、惚けも止まったように元気である。
雪のなくなったことを知ると、寺の大きい風呂に入りたいという。
それは独りでも行くぞという勢いで、もうやる気満々なのであった。
で、行かせてみることにした。
勿論、連れ合いの付き添いである。
時間はかかったようだが、山の下りはなんとかうまくいったようだった。
久しぶりの寺の大きな風呂に大満足だったらしいが
問題はその帰りである。
登り道は無理らしく、助けにきて欲しいとの要請があった。
登りに入ると途端に足が進まない。
仕方ないので後ろから支え、押してやる。
これが案外重い。97歳にもなり、少しは枯れて軽くなっている筈なのだが、実に重い。
生々しい肉体なのである。
一歩、一歩、杖を突き、確かめるように歩を進める。とても用心深いのである。
私がああせい、こうせい言ったところで聞きやしない。
息子の私をまるで信用していないのだ。
考えてみれば、その用心深さが彼女の長生きの秘訣かも知れぬ。
登り切ったところで、連れ合いにタッチ交代。
驚くのは足の強さだ。
ヘゴヘゴでやっと山を登ったというのに、腰砕けにはならない。
そうして
時間はかかったものの、決して弱音を吐くこともなく、自力で歩き切った。
また
懸命に歩を進める彼女の顔は真剣そのものだった。
まさに生きている目であった。