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我が与呂見村は年に二度、春と秋の彼岸の日に通信を作っている。
よって、村人全員が原稿を書くのである。 書きたくない、と思っても駄目なんである。とにかく書かねばならぬ。 その時期になると、みんなうんうん唸って原稿に向かうのである。 文章を書くことは決して楽しいことではないが、 たまには真剣に我が身を振り返ってみるのも悪くはない。 年に二度の村の一大行事であり、苦しい祭りでもある。 この祭りが終わると村に遅い春がやって来て、新たな自分が始まるのである。 そうして村が始まって依頼30年間、内容はともかく通信は続いている。 まさに、持続する志、である。 春は3月10日が原稿の締め切りで、なんとか締め切りに間に合った。 今回の私のテーマは「何をすべきか、何ができるか」である。 このところ心に思い浮かぶこと、考えたことを真面目に書いた。 以下がその原稿である。 『何をすべきか、何ができるか』 フクシマ原発事故から四年が経ったが、為政者たちは未だ被災者たちを捨て置いたまま、事故原発の廃炉作業も遅々として進んでいないというのに慌てて再稼働を急ごうとする。 経済はアベノミクスと称して、あからさまに大企業や富裕層、投資家たちへの優遇策を展開、大企業が儲かれば、やがてその美味い雫が滴り落ちるように労働者や一般市民の上に落ちて来るという「トリクル・ダウン」論理を堂々と主張する。 しかし、現実は富を得たのは大企業、富裕層、投資家だけで、実質賃金は低下し、貧困と格差はますます広がり、今や社会問題となりつつある。 加えて為政者たちは理由もなく性急に秘密保護法を制定し、武器輸出禁止を撤廃、さらに集団的自衛権の行使を目論み、ついには改憲へと突き進む勢いだ。 冷戦後、アメリカの権力一極集中に端を発するウクライナ危機、イスラム圏の過激派抵抗集団の台頭、アフリカ諸国の革命とその後の混乱、イラクやアフガニスタンの内戦と戦争は拡大するばかりだが、火種を作り常に戦争の主人公となってきたのはいうまでもなくアメリカである。 そして集団的自衛権の「一緒に闘う友好国」とはそのアメリカなのである。アメリカとともに戦争をし、武力で大企業や資本家たちの市場を守ることを「積極的平和主義」と安倍首相は言い放つ。 過去、為政者たちによって解釈による改憲がなし崩し的になされ、とうとう自衛隊が海外に派遣されるに至ったが、平和憲法の立憲主義によって、この70年間一人だに人を殺してはいない。このことは世界に誇るべきことであり、とても意味深いことだ。平和憲法を護り、この平和主義を貫くことの他に「積極的平和主義」などないのである。 原発再稼働にしても、改憲にしても、経済政策にしても、現安倍政権ほど大企業や富裕層、既得権益の塊である経団連の代弁者たる顔を露骨に顕わし、何も言わない国民をいいことに、やりたい放題やりまくる為政者は他に見たことがない。 いったい日本はどこに向かって突き進もうとしているのか。 マスメディアは明るいパフォーマンスを演じ、さも明るい社会であるかのように見せかけるが、その明るさの裏の、戦争、原発、貧困と格差、政治への無関心、民主主義の喪失など、先の見えない混沌とした暗い現実に凝然とするのである。 言うまでもなく、これら現実は政治や経済体制のせいだけではない。我々国民一人一人の問題でもある。我々が作って来た社会なのであり、我々一人一人の生き方の問題である。 我々は何を考えて生きているのだろう。お前の魂は死んではいないか、いつの間にか何者かに魂を占領され、仮面を被って生きてはいないか、自己保身と立場を護ることに汲々としてはいないか、何処からかそんな声が囁くように聞こえてくる。 原発や戦争のない、公正な、全ての人が生を輝かせて生活できる、そんな社会をどうしたら実現できるのか、そのために私は何をすればいいのか?何ができるのか? 日々、身体の何処かでその問いが重く疼き続けている。 司馬遼太郎は日本のことを、このままでは駄目になると本気で心配し死んでいった。その彼が、日本を救う方法が1つだけあると言い残した。それは昔のように国民ひとりひとりが日本の自然を愛し、大事にすること、それが唯一の望だと。 また、昨年亡くなったが、生涯、公害問題など社会の不正に立ち向った世界的経済学者宇沢弘文の「社会的共通資本」という考え方、日本の経済のあり方に長年警鐘を鳴らし続ける経済ジャーナリスト内橋克人の「共生経済」という考え方、それらは資本主義、社会主義を超えた新しい経済制度のモデルであり、日本を経済大国から生活大国へと舵を切り替えていく考え方であって、これからの未来的社会を考え築いていく上でのヒントを与えてくれる。 「社会的共通資本」というのは人間が暮らしていく上で基本的なもの、自然や医療、教育、交通などを私有化せず、よって市場経済の資本とせず、みんなの共通資本として大事にし、みんなで維持管理する制度である。 また「共生経済」というのは食料、エネルギー、社会サービスの自給圏を形成し、それを人間の生存権として追求していくという経済のあり方だ。 この二つの考え方に共通するのは人間が健全に生きるための基本的な環境である自然を、そこに関わる全ての人の共有財産として大事に管理し、活き活きとして関わり、その益を分かち合うということである。 その考え方でいけば、およそ30年前に始まった龍昌寺を中心とする我が与呂見村とその周囲の雑木山はまさに社会的共通資本であり、共生経済の形なのだと思える。 この冬の村の勉強会、佐野明弘氏による親鸞教室のテーマは「身土不二」であった。「身」は生を受けてあるこの我が身であり、「土」とは自然、或は人間を超えた大いなるものである。この「身」と「土」は二つではなくひとつなのだということである。私というものは自然により生を受け、大いなるものに見いだされて初めてここにあるものとしての「身」であり、その時、この「身」は自然・大いなるものとひとつなのである。 我々が自然を社会的共通資本とする、あるいは共有し共生するということは、実は自然・大いなるものに見いだされ生かされるもの同士がそれぞれの生を輝かせ共に生きていくということではなかろうか。 合理的な目先の世界ではなく、自然という途方もない大きさに抱かれ、遠い眼差しで生きていくのである。 司馬遼太郎の「自然を愛し、自然を大切にせよ」の我々への遺言のような言葉も、宇沢氏や内橋氏の新しい経済制度の考え方も、そして親鸞の「身土不二」の生き方も、どれも自然と深く関わる生き方であり、これこそ仮面を脱ぎ捨てる、魂の解放と自立の道ではなかろうか。 新たな未来社会の実現を願い、何をすればいいのか?何ができるのか? 分からないままだが、幸いなことに私の仕事は版画を作ったり焼き物を焼いたりすることである。 創作のテーマはいつも自然であり、まさに「身土不二」から何かが生まれるといっていい。自然という生命の躍動が私に働きかけ、私をして創らせてくれるのである。自然をよく見つめ、自然と語らい、さらに自然と仲良しになってこの道を深めること、それ以外に私の道はないと改めて思うのである。 また、与呂見村を共生経済の場として改めて見つめ直すことも必要であろう。 自然を愛し、自然と共に暮らすこと、それが原発反対運動であり、戦争反対運動であり、貧困や格差をなくす運動なのだと確信するのである。 (2015.3.10)
by gorosuke85
| 2015-03-11 10:20
| 日本のこと
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