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![]() 安倍政権はこれから改憲にやっきになるようだ。 改憲か護憲か、しかし、知っているようで実はよくは知らない日本国憲法。で、この際しっかり頭に叩き込んでおこうと読んでみた。大阪のおばちゃん語訳で分かりやすく面白くて憲法がどんどこ身近になってくる。 前文は何度読んでもその高き理想に感動するのだし、9条も素晴らしい。憲法は国民が守るのではなく、守る義務は為政者たちにある。為政者たちの暴走を食い止めるための憲法なのだ。 安倍政権は軍隊を作りアメリカとともに武力で大企業の市場を守ることを積極的平和主義と言うがそうだろうか。戦争をして得をするのはだれか?少なくともタバコ屋のおばちゃんでもないし、小さな工場で汗を流すおっちゃんでもない。 憲法を読んでいてつくづく思う。この憲法の精神を貫くことの他に積極的平和主義などないのだと。 改憲論者たちはこの憲法がアメリカによって押し付けられたものだから、とよく言う。確かに敗戦直後の占領期、アメリカによって作られたものには違いない。しかし、マッカーサーははじめ日本政府に作れといい、最初の草案は日本政府が作った。 大日本帝国憲法の国が戦争に負け、ポツダム宣言を受け入れた。勿論、ポツダム宣言は大日本帝国憲法を否定する訳で、基本的人権や民主主義の国になることが要望され、それが内容であった。 にもかかわらず、敗戦直後できた日本政府は「一億層懺悔論」なんかで、戦争への責任を問うこともなく、真の反省もなく、改憲と言いながら大日本帝国憲法と変わらない憲法草案しか作れない。 しかたなくマッカーサーが命令してGHQ民政局に草案を作らせた。民政局はリベラルな人が多く、主に日本に民主主義を広めることが仕事だった。終戦直後、社会党の片山政権ができたのも民政局の応援があったからだといわれている。 草案作りの指揮は民政局次長ケーディスが担当した。出来上がった草案を局長であるホイットニーが外務大臣吉田茂に手渡すのであるが、草案を受け入れなければ天皇が戦犯として追求される可能性があり、結局吉田茂はそれを受け入れ、天皇は保護されたわけである。 草案はGHQと日本政府側で再度協議され、その後、国会での憲法審議を経て1946年11月3日の憲法公布、翌1947年5月3日の憲法施行となるわけである。 天皇の戦犯のおどしがあったとはいえ、国家を運営する上で最も重要な憲法の草案をGHQが作り、それに少しの修正を加えて制定した日本政府に大きな問題があったといえるが、これがアメリカの間接統治による占領政策でもあった。 要するに日本は軍国主義から民主主義へと180度、革命的に変わったのだが、あくまでもそれは敗戦による革命であり、所謂の革命とは訳が違うということを考えなければならない。 所謂の革命であれば、革命後の憲法は革命を遂行した勢力によって自然に出来るのであろう。ある理想を持って新しい国家を作ったのだから。 しかし、敗戦による革命は新しい理想や思想なんてある訳もなく、ただあるのは破壊された社会の混乱の中にあり、ただ呆然とした空白と、無気力感だったに違いない。 そう言った状況でそれまで考えたこともない考え方や思想、価値観など作ることはできないのだ。 しかして、マッカーサーにそれまでの大日本帝国憲法を改正せよ、と言われ、日本政府は一応新しい憲法の草案を作ったものの、内容は大日本帝国憲法となんら変わらない。民主主義なんて考えたこともない連中に民主的憲法をつくる力はないのだ。で、GHQ民政局が作ることになったのだ。 いつだったか、NHKのドキュメント、この時の憲法が作られる過程の歴史検証的な番組を観たことがある。それは民政局の有能な人たちが国の利害を超え、世界で一番の、理想的な憲法を作ろうと懸命に努力し奔走する様子が伝えられていた。それに少数だが日本の人たちも加わっていたのだが、そうして草案が作られたというドキュメントで、なんだか感動もあり、鮮烈な印象として残っている。 ともあれ、当時の混乱期、アメリカの占領政策、思惑、GHQ内の人間関係、力関係、色んなことがあり、その中で生まれた憲法であった。 そうして生まれた憲法はアメリカの憲法も越えるほどの民主的な理想憲法で、当時これほど高い理想を掲げた憲法はヨーロッパ諸国にも例がなかったほどで、70年経た今でも先端をゆく憲法なのだ。 70年前に出来たものだから古いという人もあるが、その内容は決して古くはない。そのことより問題なのは、制定されて70年たった今、我々日本国民がこの理想高き憲法を知ろうとせず、残念ながら基本的人権、国民主権、平和主義を基本とした民主主義というものがしっかりと浸透し根付いているとは言えず、この憲法に追いついていないということだろう。 為政者や権力者たちは押しつけられたものだし、70年前に作られた憲法だから、現実の世界情勢に合わない、だから変えなくてはならぬとよく言う。 憲法成立史を見れば、確かに押し付けられた憲法とも言える。しかし、その後、1950年に勃発した朝鮮戦争の時、アメリカは日本に軍事的参加を要望し憲法を改正してもいいと言っていたのだが、日本政府は憲法を変えず、参戦しなかった。 その後、吉田茂のアメリカ追従路線を受け継いだ自民党はアメリカの戦争の度にアメリカの圧力で解釈改憲をなし崩的にやり続け、とうとうイラク戦争では自衛隊が国外に派遣されるまでにはなったが、それでも自衛隊はこの70年の間、外国人を一人だに殺しはしなかった。 このことは世界に誇れることであり、こんな国は他になく、世界の平和にとってとても重要で意義深いことだが、これはひとえに権力者たちの暴走を食い止めるという平和憲法の立憲主義がかろうじて発揮されたお陰なのである。 押しつけられた憲法ではあっても、この憲法と70年も付き合ってきた。どうしても嫌なものならとっくの昔に変えることも出来た。それを変えずに付き合ってきたことは重要で、それは国民ひとりひとりが平和を願うからであり、この平和憲法を受け入れ我がものとしてきたからであって、もはや押し付けられたという言葉はあたらない。 加えて、現実の世界情勢に合わないというが、それは憲法が古くなったからではなく、もともと新し過ぎるからと思える。 我々人類は有史以来、戦争や虐殺、貧困や格差、差別、を止めどもなく繰り返し、進歩どころか、かえって後退しているのではないかと思われるほど愚かな存在のままである。その愚か極まりない我々人間が作り出す現実は到底憲法に謳う理想に追いつく筈もなく乖離するのだが、しかし、この乖離が大事なのである。 だからこそ権力の暴走への歯止めになるのである。乖離が嫌だと言うなら、 現実が憲法に追いつき合うように我々は努力しなければならないのだ。 再び言う。 安倍政権は秘密保護法を制定し、武器輸出禁止を廃し、集団的自衛権の行使容認を閣議で取り決め、さらに改憲に意欲を燃やしているところである。 安倍政権は憲法をもとにした平和主義を消極的平和主義といい、軍隊を作りパックス・アメリカーナに参加すること、つまりアメリカが起こす戦争に参加し、市場原理主義のもと、大企業や大資本家たちの自由市場を確保し守ることを積極的平和主義だと言う。 要は圧倒的な力で相手を押さえつけ、支配してかろうじて維持する平和であり、これまでと同じく、アメリカの利益と平和を維持するのにひたすら貢献し、そのおこぼれをもらおうということである。 今回、憲法の本を読み終えて、やはりつくづく思う。この平和憲法の精神を貫くことでしか積極的平和主義などないのだと。 改憲されれば、もうこんな憲法は世界になくなってしまうのだ。 平和憲法を守り、真に自立した民主国家を目指す道。 我が国は広島・長崎と二つも原爆を体験した世界唯一の国である。その我が国が「戦争放棄」の理想を高く掲げ、それを武器に平和外交を粘り強く展開してゆく。 隣人アジア諸国と親交を深めるのは勿論のこと、アメリカとも対等に仲良くしてゆく。その道は簡単なことではないだろう。 途方もない長い道のりかもしれない。 しかし、諦めてはならない。 先ずは、我々国民のひとりひとりが憲法のことを考える。 国民主権、国の主人公は我々であり、だからこそ我々が考えなくてはならない。 我々のこの国をどんな国にしたいのかを。 そこから始まるのだ。
by gorosuke85
| 2015-02-23 16:39
| 日本のこと
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