今回の一連の刷り仕事の締めに「カサゴクン」を刷った。
随分前の話、メバルを釣りに出かけた。
全く釣れなかったが空は満天の星だった。
オリオン座が煌めき、シリウスが瞬いていた。
3時間粘って諦め、帰ろうと竿を上げたら
カサゴがかかっていた。
そいつは立派なやつで驚くほど美しかった。
その色を出したくて多版で彫ったのだが、版が多くて刷るのが難しく、出来映えも今ひとつ。
その後、刷ることもなかった。
このところ「刷り」という作業が面白くて、刷り師が続いていたが、
その流れと乗りでハードルが高く、もう刷ることもないだろうと思っていたこの版画を刷って
新たに蘇らせてやろうとの気持ちが沸いて来た。
改めて見直し、彫りの修正もし、色も変えてじっくりとかかった。
9版はこれまで作った中での最多版数、その全行程である。







最後の墨版は彫り直し、ズレない程度に輪郭線を細くした。
松山の友人が色刷り作業工程をまるで蝉が羽化して飛び立つまでのようだと言ってくれた。
私も実際エゾ蝉が縁側の網戸で羽化するのをじっくりと観察したことがある。
羽化直後は身体は柔らかく色は白である。それが時間とともに徐々に色がついてきて
やがて成虫の色となり身体も固くしっかりとして夏空に飛び立つのである。
まさに色刷りはそうあって欲しい。
白い紙に徐々に色が増え形がしっかりとして来て
やがて色と形がまとまり生命を得る。
自分で彫ったものだが
どんな風に出来上がってくるか刷り終わってみるまで分からない。
そう、出来上がってくるのだ。
生まれ出ると言ってもいいのかもしれない。
生まれ出たものが予想を越えていて我ながら驚いたり。
版画は油絵などと違って間接的だと言われる。
間接的という意味はそういうことであり
それが版画の面白さだが、色刷りはそれを象徴している。
カサゴクンが生命を得て宇宙という海に泳ぎ出すことができたかどうかはさておき
少なくとも、初刷りの時とは違ったものになったと思う。
確かにカサゴクンは生まれ変わったのだ。
それが嬉しい。
これでこのところの色刷り仕事の踏ん切りがついた。
ここからは絵本づくりのための「虫漢字図」の制作である。
来月半ばには5月GWの窯焚きに向けての作陶が始まる。
それまでには完成させたい。
どんな虫たちを登場させるのか、どんな構図にするのか、
まだ具体的になっていないが、
その制作を楽しもう。
慌てず、焦らず
である。