粘土仕事をやろうと思ったら、粘土の上にこいつがいた。
とぼけた顔は愛嬌に溢れ、身体には精緻を極めた模様が渋く美しい。
何を隠そう、こやつは屁こき虫。
嫌われ者のあのカメムシ君なんである。
正式にはクサギカメムシ。
ものをちゃんと見るというのはムツカシイ。
普段、「屁こき虫」という臭い虫、とか嫌な虫、というイメージでしか見ていない。
出来上がったイメージは概念であって、
一枚の紙に描かれた絵のようなものだ。
悲しいかな、人間っていつも概念を見て暮らしている。
本物が目の前にいても、先に頭の中の概念を見てしまう。
だから、なかなか本物を見ることができない。
見ているようで見ていないのだ。
そのいい例が屁こき虫君である。
確かに、危険を感じると決していい匂いとはいえない臭いを発散するが
それは彼なりの必死の防衛策なんであって
危害を加えない限り屁はこかない。
それより
しっかりと見てやって欲しい。
それは美しいのだから。
我々は知らずして概念とばかり付き合って暮らしている。
概念は一枚の紙に描かれた絵のようなもの。
一枚の絵なんて動くことも変わることもなく
薄っぺらで感動なんて出来やしない。
概念とばかり付き合っていると、
感動のない無味乾燥な暮らしになっちまう。
よく見ること
それは
概念を打ち破って
目の前の実物と真に出会うことであり
大いなる驚きと感動なんであって
ひいては
自分自身と出会うことでもある。
なんてね
ちと大袈裟か。