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![]() 夕方、窓際でなにやら小さなものがバタバタと動いていた。 行ってみると、ミカドガガンボだった。 ミカドガガンボ、漢字は「帝大蚊」。 蚊のくせに体長は3.5センチもあり、足を入れれば8センチ。 その大きさときたら勿論日本最大であり、まさに蚊の帝王なんである。 がしかし、大きさも名前も堂々としているのだが、実に存在感の薄いやつなんである。 血を吸うでもなく、襲って来るわけでもなく、 部屋の隅の壁際で元気なくバタバタとやっている。 近づくと長い足で壁にしがみつき、身体を揺すって不思議な行動をしたりもするが、 それはとてもヘンテコな動きであって威嚇にもなにもなっていない。 そして、長い手足はそのうち簡単にポキポキと折れちまう。 で、そのうち部屋の隅の埃やゴミの中に混ざっているのである。 ![]() 文学なんかで儚い存在の代表としてよくカゲロウ(蜻蛉)が登場するが 私にとってはカゲロウよりミカドガガンボの方が儚く、どこか滑稽で、哀しいのである。 一体お前は何のために生まれ、生きているのか? なんて思っちまうのだが、 この世に存在するもので無意味なものは一つもない。 そう宇宙は出来ている。 ただ、人間の小さな価値観に囚われている私に分からないだけなのだ。 ミカドガガンボ、 害もなく、さして美しくもない、 なんてことない虫なのだが、 何か他人事ではないような 妙に気になる虫なんである。 ![]()
「わらわら」という擬態語と最近出会った。
私は広島で生まれ山口で育った。学生時代は京都で過ごし、その後横浜で暮らした。 そして今住んでいる奥能登に移住したのだが、その人生の中でわらわらという言葉は聞いたことがなかった。 その後、福井のだいこん舎さん(南夫妻)と仲良しになり、その繋がりでゲッコウカフェのおみつさん、メバル師のつーさん夫妻とも仲良しになった。 つーさんは釣りのイロハを教わった釣りの師匠であり、ゲッコウカフェでは2年に一度の展覧会で世話になり、今では身内のごとき付き合いをさせてもらっている。 そのおみつさんの口から時折発せられるのがこの「わらわら」なんである。 言葉だけだと何のことかよく分からないが、彼女が言うとよく分かる。 沢山の生き物たちが動き回り、元気で楽しい様子、と思えるが、 この言葉には春という季節がよく似合う。 春、沢山の生き物が冬眠から目覚め蠢いている、あるいは沢山の植物が大地からどんどん伸びている様子、いずれにしても春を喜び楽しそうな雰囲気が漂う。 福井の方言かと思ったが、大阪の人も使うという。 まあ関西の言葉なんだろう。 擬態語というのは面白い。 単なる伝達の言葉ではなく、身体の言葉である。 恐らく、身体で生きていた子供の頃によく使う言葉なんだろうな。 感動が入っていて美しい言葉であり詩的言語ともいえる。 で、これから私もこの「わらわら」を練習し、使うことにする。 ![]() 田んぼでメダカがわらわらと泳いでいた。 ![]() おお!!わらわらと土筆が出ている!! ![]() 田んぼの畦でシュレーゲルアオガエルの卵を見つけた。もうすぐオタマジャクシがわらわら出て来るんだろうなあ。 ![]() オオイヌノフグリの青い花がわらわらと咲いていた。 と、こんな感じでいいのかなあ・・・・・・ と、つーさんからオオイヌノフグリの場合の使い方ちょっと違うなーーと指摘された。 ふむ、 どうやら、「わらわら」は清楚で可愛いものには似合わないらしい。 なんか、ゴニョゴニョと動いている感じ、見る人によってはちょっと気持ちわりーというのが入った躍動感、 そんな感じでピッタリなのかもな。 どちらにしても、この言葉、まだ練習が足らないようだ。 ![]() 畑の周囲を歩いていると、草の緑の空に青い星たちが沢山出ていた。 オオイヌノフグリである。 ちっちゃな花だが逞しい。 畑仕事の目線では雑草なのだが、取っても取っても、 いつの間にかまたはびこってちゃんと青い花を咲かせる。 その小さな青は天に向かって笑っているように思える。 沢山の青い顔がみんな笑っている。 ![]() この可愛らしい花の名前がどうしてでっかい犬のキンタマ袋なのか? 長い間のギモンだった。 しかし、この名前、ユーモアがあって気に入ってはいたので とりたててギモンを解決しようとは思わなかった。 ギモンのままで面白くいいのである。 ところがである。 この写真をフェイスブックにアップし、そのギモンのことを書いてみたら 早速、福井の自然博士クーボ(久保田氏)から解答が帰って来た。 なんでも、種を収納する袋がキンタマ袋に似ていることからその名前になったらしい。 すると、間髪入れず、京都で畑を作っている友人からその写真が送られてきた。 なるほど、丸い袋が2つくっ付いている様はキンタマ袋そのものである。 ![]() しかし、まだギモンが残る。 フグリは分かったが、どうしてでっかい犬なのか? ニンゲンノフグリといってもいいが、それはちょいと可愛くない。 ならばネコノフグリでもタヌキノフグリでもいいではないか。 恐らく、名前を付けた植物学者には♂の愛犬がいたのだ。それもでっかいやつ。 と、想像してこの先は追求しないことにした。 私も過去、ソクラテスというでっかい犬の相棒がいた。 ソクのデカキンタマを思い出す。うっはー。 というわけで、長い間のギモンはあっという間に解消したのだった。 ところで、福井のある女性が写真にこんなコメントをしてきた。 「この花、1番好きです。家まで持って帰ろうとしても、花がすぐ取れちゃうんですよね。」 で、「そうだよな、ボロポロとね。」と返事を書くと 「親にお土産にそーと運ぶのに、目を離した隙に、ポロっと。小さい頃の、思い出です。」 と返って来た。 保育園か小学校からの帰り道、小さな彼女がお母さんのお土産にしようと 道端でこの可愛い花を摘んで、もって帰る途中ポロポロ落ちてしまったのか、お母さんに渡そうとしたら花がなかったのか、その辺りの詳しいことは分からないが、 その時の彼女の様子がリアルに浮かんで来るではないか。 オオイヌノフグリ、 なんてことない小さな花だが、 誰しもの心の隅に咲いている花なんである。 ![]() ![]() 道端の雑草の中にエゾタンポポを見つけた。 今年初である。 この日本のたんぽぽはセイヨウタンポポに比べゴツゴツとして野性的だ。 どっかりと大地に根を張り空に向かって精一杯黄色い花を開いている。 存在感は逞しく健気である。 私は野草の中でもとりわけこいつが好きで、 逞しく花を咲かせよという願いを込めて この花を娘の名前にした。 たんぽぽが幼い頃、保育園に勤める友人がよく遊びにやって来て歌ってくれた歌がある。 ♪ たんぽぽは たんぽぽは おひさまの子どもです 夕方にお花を閉じて眠ります 朝がきて朝がきて おひさまが起こすまで ♪ 「たんぽぽの歌」というらしい。 シンプルでゆったりとして歌いやすいので、保育園ソングになっているらしい。 我が家でもたんぽぽのテーマソングとしてみんなでよく歌ったな。 今、彼女は23歳になり、横浜の地に根を下ろしている。 逞しくは育ったようだが、今、人生を模索中だ。 まだ開きかけた蕾といったところか。 慌てることはない。 就活などしなくていい。 ゆっくり、じっくり自分の道を探せばいい。 そうして空に向かってのびのびと、おもいきりの花を開いてもらいたい。 たんぽぽはお日様の子供なんだということ 忘れずに。 ![]() ![]() 今日の一彫り。形象6 「たんぽぽ」 ![]() 山の下の蓮の田んぼの水面がピチピチして賑やかだった。 覗き込むと予想通り、メダカだった。 それも沢山。 春の陽光の中、群れてすいすい泳ぐ。 わらわらと、追っかけたり、跳ねたり。 覗き込んでいるこちらまで わらわらと楽しくなって来る。 「メダカの学校は 川の中 そっと覗いてみてごらん みんなでお遊戯しているよ。」 川の中ではなく、田んぼの中だが まさにメダカの学校なんである。 天然の黒メダカ。 まだ、こんなにも沢山元気でいる。 それが嬉しいのだ。 ![]()
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